1.疫学

厚生労働省から発表された平成29年人口動態統計によると、日本人の死因は以下のようになっています。男女ともに癌(悪性新生物)が1位となり、国民の最大の死因となっています。

順位 総数 男性 女性
1位 悪性新生物 悪性新生物 悪性新生物
2位 心疾患 心疾患 心疾患
3位 脳血管疾患 脳血管疾患 老衰

また、癌の部位別死亡比率、部位別罹患率は以下の通りです。※2018年統計に基づく

<部位別死亡比率>

順位 男性 女性
1位 肺癌 大腸癌
2位 胃癌 肺癌
3位 大腸癌 膵癌
<部位別罹患率>

順位 男性 女性
1位 胃癌 乳癌
2位 前立腺癌 大腸癌
3位 大腸癌 胃癌

死亡率と罹患率の内訳に差がありますが、胃癌であれば浸潤度分類による部分切除術や全摘出などの外科的治療が可能で、比較的予後が確保されます。しかし、肺癌の場合転移を起こしやすい点、癌に浸潤された組織の切除などが難しい点などから予後がより悪くなっています。

2.癌の分類

癌は進行度に応じて、基本的にステージ0~ステージⅣまでの5段階に分類されます。
ステージ0は、癌が粘膜内(上皮細胞内)にとどまっており、リンパ節には転移していない状態。手術で腫瘍を取り除ける段階です。続くステージⅠ、Ⅱ……と、病状が進行するに従ってステージが上がっていきます。
ステージの判定は、
・T.がんの大きさ(広がり) 
・N.リンパ節への転移の有無 
・M.他の臓器への転移
という3つの要素を組み合わせて行われ(TNM分類)、各ステージに応じた治療が行われます。

3.癌の標準治療

現在、一般的に行われている癌の治療法は、「手術療法」「化学(薬物)療法」「放射線療法」の3つで、これらを総称して「癌の3大療法(標準治療)」と呼んでいます。これらの療法は、多くの科学的根拠(エビデンス)に基づいて実施されており、2つ以上の療法を組み合わせるケースもあります。

それぞれの療法の特徴をまとめると、以下のようになります。

① 手術療法
癌の病巣を切除して取り去る治療法。病巣の周辺組織やリンパ節に転移がある場合は、転移部まで含めて切除します。早期癌や、ある程度の進行癌でも、切除が可能な状態であれば手術療法が積極的に行われます。

<メリット> ・腫瘍が一気に切除できる
・検査ではわからないごく小さな転移(微小転移)がなければ完治する可能性が高い

<デメリット> ・創部の治癒や全身の回復にある程度時間がかかる
・切除した部位によっては臓器や体の機能が失われる場合がある

※胃癌侵達度分類。早期胃癌であれば内視鏡切除術が採用されることが多い。

② 化学療法
主に抗がん剤によってがん細胞を死滅、増殖抑制を行う療法。抗がん剤の投与は、点滴や注射や内服で行う。抗がん剤は血液を通して全身を巡るため、ごく小さな転移にも効果がある一方、脱毛・倦怠感・しびれ感・吐き気などの副作用や、肝臓、腎臓、造血器官などへの障害が避けられず、患者さんにとって辛い治療になってしまう場合が少なくありません。しかし、最近は吐き気などの副作用を和らげたり、白血球の減少を抑えたりする薬剤の開発などによって、日常生活に支障がない程度に症状を軽くできるケースも見られるようになってきています。また、がん細胞だけに作用する分子標的治療薬の開発が進み、実用化も進んでいます。
一方、乳癌、子宮癌、甲状腺癌、前立腺癌など、ホルモンが密接にかかわっている癌に対しては、「ホルモン療法(内分泌療法)」が多く行われています。特定のホルモンの分泌や作用を抑制することで、癌細胞の活動を抑えて腫瘍を小さくしたり、転移や再発の抑制をはかる狙いがあり、副作用は比較的少なめですが、長期間治療を続ける必要があります。

<メリット>
・手術療法が難しい場合に有効
・小さな転移にも有効

<デメリット>
・さまざまな副作用が出る可能性がある
・癌の種類により抗癌剤の効果が出にくい
・高額な薬剤を長期間服用しなければならない

③ 放射線療法
癌の病巣部に放射線を照射して、癌細胞を死滅させる局所療法のこと。治療前の検査技術や照射技術の進歩によって、癌の大きさや位置を正確に測定し、病巣部分だけに集中的に照射することが可能になり、効果は格段に向上してきています。
体の外側から放射線を放射する「外部放射」だけでなく、放射線を放出する物質を針やカプセル内に密封し、病巣部に挿入する「密封小線源治療」や、放射性物質を注射や内服で投与する「放射性同位元素内用療法」など、治療のバリエーションも増えています。
放射線療法に使用される放射線としてよく知られているのはX線だが、その他にも重粒子線などを使った「粒子線治療」も実用化されてきています。

<メリット>
・体にメスを入れることなく正確な治療ができる
・病巣部分をピンポイントに狙える

<デメリット>
・放射線照射部位に炎症が起きる場合がある
・正常範囲を通過し、標的を狙うため二次癌のリスクがある

4.癌と鍼灸治療

癌患者は標準治療と並行して、健康食品やサプリメント、鍼灸治療などを受けていることがわかっています。
「がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス2016年版」によると、癌患者の約45%が何らかの補完代替医療(健康食品・サプリメント、鍼灸治療、気功、アロマテラピーなど)を受けており、標準治療と並行した統合医療を求める傾向が強くなっています。

(がんの補完代替医療クリニカル・エビデンスより,近代西洋医学と組み合わせる療法の分類について)

同クリニカル・エビデンスでは、鍼灸治療におけるエビデンスとして、以下のものを挙げています。

・鍼灸治療は化学療法、抗がん剤副作用による嘔気嘔吐を軽減させる
・鍼灸治療は全般的なQOLを改善する
・灸治療は化学療法による骨髄抑制を軽減させる

また、厚生労働省がん研究助成金「がんの代替医療の科学的検証に関する研究」班
国立がん研究センターがん研究開発費「がんの代替医療の科学的検証に関する研究」班
では鍼灸の効果は以下のように紹介されています。

・抗がん剤副作用による嘔気嘔吐に対する有効性
・手術後の嘔気嘔吐への有効性
・手術部、または副作用などによる痛みの症状の改善
・QOLの向上

癌治療において主軸となるのは標準治療ですが、化学療法の副作用や手術療法の術後疼痛などによりQOL(生活の質)が低下してしまうデメリットを、鍼灸では補完することができます。

また、鍼灸治療は体の免疫力を高める効果があることがわかっています。
自然免疫であるNK細胞の活性化や、末梢血リンパ球反応性の増加が研究により明らかになってきています。

(小川ら,「がんと鍼灸2」より,癌患者の白血球分画変動図)

癌は免疫と密接な関係があります。
その関連性を示す報告として、以下のようなものがあります。

・臓器移植に伴い免疫抑制剤を長期間服用すると、後にさまざまな癌が高頻度で発生する
・癌腫瘍に浸潤するリンパ球が多いほど患者の予後が良い傾向にある

これらは、免疫がある程度の癌の発症を防いだり、あるいはその進行を抑制している可能性を示しています。

明治国際医療大学の研究によると、鍼灸治療の免疫系への効果として、
① 鍼灸刺激が、ケモカインや神経由来物質の産生を誘導することおよび免疫系の組織・器官からのリンパ系細胞の移動を調節することによって免疫系の調節を行いうること
② 鍼灸刺激が、免疫系の組織・器官に働いて、サイトカインや神経由来物質を介して免疫系の細胞の活性を調節を行いうること
③ 鍼灸刺激は、刺激局所の細胞に働いてサイトカインの産生誘導を行うことにより局所の防御系の活性を高めている可能性が見られること
④ 鍼灸刺激は、ストレスによって誘発される免疫抑制反応においては抑制系に調節的に働くことにより、ストレスによる免疫抑制の防止効果を示すこと
以上のようなことが示唆されています。

鍼灸治療の第一の目的は緩和ケアを行い現代医学による治療をサポートすることです。

癌治療を考えるうえで、化学療法や放射線療法の副作用や手術後の後遺症に対するケアを行いその症状の軽減を図ることは、治療を断念することなく進めるためにも大切なことだと思います。
強い嘔吐や嘔気による苦痛や、白血球値が低下しすぎたために感染症のリスクが増大し、治療計画を変更せざるを得ないということは決して珍しいことではありません。
癌治療そのものを鍼灸にて行うことはできませんが、治療に臨む患者さんの心身のバランスを整えていくことで、日常生活を確保しながら治療に取り組む手助けをしていくことができます。

鍼灸治療の第二の目的は、再発の軽減に努めることです。

鍼灸で自然免疫系をアクティブな状態に保ちつつ、ネガティブな影響を与え得るストレスや冷えなど、自律神経の状態の改善を図ることができます。

○○総合治療センターでは、患者さんのお体の状態やお悩みをしっかりと伺い、輝かしい日常が取り戻せるように寄り添っていきます。

参考文献

1. 厚生労働省,平成29年人口動態統計統計表第7表,平成30年6月公開
2. 特定非営利活動法人 日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン作成委員会編,がんの補完代替医療クリニカル・エビデンス,金原出版株式会社,2016年
3. 厚生労働省がん研究助成金「がんの代替療法の科学的検証と臨床応用に関する研究」班 独立行政法人国立がん研究センターがん研究開発費「がんの代替医療の科学的検証に関する研究」班,がんの補完代替医療ガイドブック第3版,2012年2月
4. 福田文彦ら,鍼治療をがん患者に提供するためのガイドライン-ピアレビューに基づく方針の実例-,全日本鍼灸学会誌,2008年第58巻1号,75-86
5. 黒野保三ら,鍼刺激のヒト免疫反応系に与える影響(Ⅲ)-特にリンパ球機能の変化について-,全日本鍼灸学会誌,33巻1号,12-17
6. 小川卓良ら,がんと鍼灸2,全日本鍼灸学会誌,2017年第57巻5号,587-599
7. 免疫・微生物学 鍼灸と免疫系,明治国際医療大学HP,明治国際医療大学,閲覧日2020年4月22日, http://www.meiji-u.ac.jp/md-immu/r-tema1